ひとりごと

自分を独善的で薄っぺらいと感じる。
それをどうしたものか分からない。

情熱を持って、探求したことがない。
それをコンプレックスに感じている。それを埋めるために、よく分かりもしないことを調べて、その言葉だけ分かったふうに使おうとする。なんとも薄っぺらいことにこだわっている。
無知で無力な自分から目を背けるための行動でしかなく、中身がない薄っぺらいことだ。

無知で無力なところに負い目を感じ、それを隠そうとすることにも情けなさを感じる。
そんな自分を無力なものと思うな、否定するなというが、そこがよくわからない。

自分の凝り固まった未熟さすらどうしようもないというのに、これに無力を感じずにはいられない。

不安と恐怖に押しつぶされて、それをごまかす方法を必死に探している。小さく固く押し固めて、何も受け付けないようにすることで、感じるものから逃れようとしている。

他人の目を気にするが、自分の世界に他人を存在させまいとする視野の狭さがある。

そんな未熟さを認めることが怖い。何かを失って壊れてしまうようで恐ろしい。
歪んでいても、積み重ねた何かがあると感じているのだろう。それを失くしてしまうことが恐ろしい。

自分を守ろうとして、行っていることが、実は全然自分を守ることになっていない。ひたすらに自分を価値のないものとなじっているようなものだ。


守りたいほど大切な何かがないのだろう。ないのだと思う。大切だと思っていたものは離れるか消えるかしていったので、今はそんなもの持っていないのだ。だから、すぐに死ぬという言葉が頭をよぎるのだろう。

どうでもよく投げやりなところがあるのだ。

頑張りたいと思うきっかけとなる何かがない。そういうものを持たないようにしてきた。失うことがこわくて持たないようにしてきたんだ。

やる気もなく、呆然と時間を過ごすだけだ。
何かに触発されて、行動を起こすこともあるけど、そんなものは一時のもので、すぐに熱が冷めてしまう。なんとなく、ぼんやりと、わかった気になれば、それで満足してしまう。


呆然と過ごして、後悔しようが何だろうが知ったことではないという気持ちがある。何かを残すつもりもない。子供なんてもっての外だ。
かつては何かを遺すことに憧れみたいなものを抱いていたけれど、今はもうそんな熱量があった頃が懐かしいくらいだ。狂気をまとったがむしゃらさがあった。それも実を結ぶことはなかったが、そう言えるものはあった。

今はひたすら、生きることに怯えている。人に出会うことに怯えている。価値観や世界観に触れることに怯えている。生きるのを放棄したい。

明日を生きれなかった人など知ったことか。
私は、私で、明日に怯えて苦しんでいる。逃げ出したくても逃げ出す方法を取る覚悟もない。こんなに恐ろしい時間なんて終わらせてしまいたい。


終わらせることにも怯えている。

これではどこへ向かうこともない。
当選のことだ。
怯えてすくみあがっているだけなのだから。

前門の虎、後門の狼という気分だ。

食われること前提。