冬の夜はいい。

雪が降り止んだあとの静けさに満ちた夜が好きだ。
積もった雪に音は吸い込まれて、生き物の気配がしない。景色の殆どが動きを停めている。
時おり、車が雪を踏み潰す音が通り過ぎていくが、それはとても無機質に感じられて、心地よく体に響く。

星もはっきりと見える。それはどうしてだったか、空気中の塵が、雪と共に地面に落ちたからであるとか、聞いた気がする。しかし、そんな、何かしらの理屈は、私が星を数えることに関係あるだろうか。私にとっては、この時期になると、夜空がはっきりときれいに思われるというだけのことで、それを誰かに分かってほしいとかではないのに。

冬の星はきれいだとのたまったが、星座に詳しいわけでもなく、むしろ、星座や星々の名前など、さっぱり知らない。ただ、呆然と、光の先にきっとあるのであろう、もしくは、あったのであろう、何かの存在を感じたくて自分勝手に見つめるばかりである。
その時は、自分こそ小さなものであると、ひどく納得する。何の疑いようもなく、ただ生きているだけの人間というやつであると、そう思う。普段は何かと理由を付けて、良いだの悪いだの考えようとするが、それは自分が何かを求めて、その何かに形や名前をつけたいだけなのだと、妙に納得する。

夜道を歩けば、すれ違う人もほぼ居らず、隔たりの向こうに、他人の営みが感じられて、心が落ち着く。
いつもより壁が分厚くなっていて、楽しげであるとか、幸せそうであるとか、そういう様子を柔らかく感じることができる。
人気のないところにいる自分との対比が、妙に心地よく感じられる。
それは何故かと考えれば、自分とはまるっきり違うものとして見る安心感のようなものがあるのかもしれない。
居場所のない自分に相応しい場面だと思っているのかもしれない。
普段、表すことのできない孤独感が、実感できる形になっていることに満たされた気持ちになるのかもしれない。
この、曖昧で奇妙な満足と共にざくざくと雪を踏みしめる。
ああ、まるで生きていないようだな。別の何かになったような気分になる。
見上げた夜空に、そんな気持ちは後押しされて、ほんのひと時、安心感に包まれる。
ひどく感傷的な自分を慰めてくれるようで、そんな夜が好きだ。